東日本大震災から2年〜仙台偏「仙台七夕祭りの想い」〜

(注:以下の文章はセンシティブな内容が含まれておりますが、あくまでも自らの意見を発信しております)



これで今回の被災地を巡る旅は津波の被害をもろに受けた場所としては、名取を最後に仙台駅に戻る事にした。旅には様々な音が付いて回る。全てを流し去った街に鳴くカモメの鳴き声、地面を揺らし復興を続けるトラックのエンジン音、観光地のざわめき、それも耳というより体で空気の振動を感じるような感覚に近いかもしれない。そういう意味で旅の締めくくりになった七夕祭りでは、街の声を聞けたような気がする。

七夕の飾りが喋るわけではない。其々に、願いが宿っている。東北地方の希望を、その飾りに託す。願いを込めて、それぞれの道を進む。アーケードを貫く飾り以上の思いが、そこにはたくさんあるように思えてならない。仙台のそのアーケード街は、左右たくさんのお店が連なっている。向かい合うお店同士の人が少し大きな声で話せるような、そんな空間だ。

飾りは多種多様と言って終えばそれまでだけれども、足下を見る暇も与えない飾りの数々は人々を圧倒させる飾りであるに違いなかった。お店が出す飾りはどこか素っ気ない感じがするが、やはり人が手作りで作ったであろう飾りにはなにか特別なものを感じざるを得ない。飾りが大きいので、大量の折り紙が使われたであろう。

そこには若者から年配の方まで、幅広い人たちが飾りを見ようと詰めかけていた。アーケード内にアナウンスが流れる。「気仙沼から御越しの・・・」「石巻から御越しの・・・・」自らがまわった被災地の名が、アーケード内に流れるたび、複雑な気持ちになると同時に親近感に近いものを感じる。震災を経験し、そこでいま仙台で一つのお祭りを通して希望を持っている。

人それぞれ震災後に選ぶ道がある。様々な思いを胸に、思い思いの願いを込めてまた今日も一歩ずつ進んでいく。自分で選ぶ道は、とことんしつこいくらいに頑固になることも必要かもしれない。それと同時に、柔軟性を持たせる事も同じくらい重要になるのかもしれない。



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